• Book Review
  • 『はじめてわかるルネサンス』ジェリー・ブロトン著 ちくま学芸文庫 原著初版2006年刊


    景観を論ずるとき、常にキーワードとして脳裏をかすめるのは"近代化"というものである。古代から中世を通りぬけ、そして近代という大パノラマの時代を経験したのち現代が立ち現われるという歴史の流れは景観論の大きな重しとなっている。その中でもこの"近代化"という時代の大転換が景観に大きな影響を与えていることは言うまでもあるまい。従って、ある場所の景観を考える場合必ずと言ってその場所がどのように"近代化"されたかを問いかけねばならなくなる。そして、この"近代化"の発端となったのが、14世紀から16世紀にかけて人類史に忽然と現れた「ルネサンス」というものであろう。

    さて、現象としてルネサンスを考える場合、イタリア・ルネサンスが注目されるわけだが、「ルネサンスを語るに当たっては、地理的にも政治的にも、東方と西方を区切る境界線など存在しない」という立場を取る著者のルネサンス観は実に新しい指摘である。そして、ルネサンスは物心ともども発見の時代であったと共に「イスラム教徒、ヒンドゥー教徒、キリスト教徒たちは皆、政治的商業的な主導権獲得を目指して頻繁に情報と思想のやり取りを行っていた」というようにルネッサンス運動を齎した下地には国家などという境界はないことになる。そういう意味で、ルネサンスは現代のグローバリゼーションの走りとも言えなくもない。

    この書の原題はThe Renaissance : A Very Short Introductionというものであるが、ルネサンスというものがヨーロッパという限られた地域だけの運動というものではなく、「世界規模のルネサンス」という章を設けて、「典型的なルネサンス理解の問題点は、ヨーロッパ文明が達成した業績ばかりを賞賛して他の地域については殆ど目を向けなかったことである」という見解により、従来のブルクハルト的なルネサンス観とは一線を画すスタイルを取っている。そういう意味で、新たな入門(Introduction)であるだろう。

    20世紀はレヴィ=ストロースの構造人類学を走りとして、正にこの欧米中心主義の反省からあらゆる考え方を見直す思想運動であったと思われるが、21世紀の現代、景観とコミュニティの関係を考察する場合、まだまだ欧米一辺倒の考え方に引きづられている感が否めない。それは何故だろうかという問いかけを発するとき、いま一度「近代化とは何か?」という問いかけをすべきではないだろうか。そして、その先駆けとなった人類史の大きな転換点であるルネサンスをもう一度鳥瞰するのが21世紀の現代ではないだろうか。(斉藤全彦)