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  • 『ゆたかな社会』 ガルブレイス著


     「ある家族が、しゃれた色の、冷暖房装置つきの自動車でピクニックに行くとしよう。かれらの通る都会は、舗装がわるくごみくずや朽ちた建物や広告版や、とっくに地下に移されるべき筈の電柱などで、目も当てられぬ状態である。

    田舎へ出ると広告のために景色もみえない。・・・・彼らは、汚い小川のほとりできれいに包装された食事をポータブルの冷蔵庫からとり出す。夜は公園で泊ることにするが、その公園たるや公衆衛生と公衆道徳をおびやかすようなしろものである。

    くさった廃棄物の悪臭の中でナイロンのテントを張り、空気布団を敷いて寝ようとするときに、彼らは彼らに与えられているものが奇妙にもちぐはぐであるということを漠然とながら考えているかもしれない。果たしてこれがアメリカの特質なのだろうか、と」 これは、この書が出された1958年当時のアメリカの実情である。

    ジョン・ケネス・ガルブレイス(John Kenneth Galbraith 1908-2006))は、カナダ出身の経済学者である。ヴェブレンを始祖とする制度学派に属し、ハーバード大学で長く教鞭をとりながら、ケネディ大統領時代にはインド大使を務めた。百年近く生きたその時代時代に問いかける50冊以上の著書を出し、またアメリカ経済学会会長も務めた巨人である。その中でも本書は最も有名且つ4回の改訂版と1998年の最終決定版を出すなど著者の思い入れ深く、最もよく読まれている著書である。

    「良き景観の下には良きコミュニティがあり、良きコミュニティは良き景観を創造する」という我らフォーラムのコンセプトは、「本来のゆたかさ」を求める行為でもある。その意味でガルブレイスの探求は我々の探求でもある。40周年記念版(決定版)の序文で「40年前に私は公共部門と民間部門の生活水準にひどい差があることを強調した。」として、ゆたかさにおける公と民の社会的アンバランスを指摘しており、このバランスを欠いた社会が、先に見たような景観を含めた醜悪な社会を出現させてしまうという事になる。

    そして、21世紀になった現在の日本は、金額的アンバランスはアメリカほどではないにしても、公共部門の効果的創造が立ち遅れ、景観においては最悪な状況に陥っているのではないだろうか。少子高齢化社会に突入した現在の日本社会には高齢者が安心して散歩する公道すら用意されておらず、まちなかに子供たちが夢中になって遊びに興じる緑豊かな、ほっとするような空間が存在しない。

    良き景観を求めることは本来のゆたかさを求めることであり、景観権はまさに基本的人権であるのではないだろうか。(斉藤全彦)