• Book Review
  • 『人間のための街路』バーナード・ルドフスキー著 鹿島出版会 原著初版1969年刊


    人類が歩くことを始めてからどのくらいの時間が流れたことであろう。途轍もない時間の流れの中で、人類は直立二足歩行を獲得することにより大脳の発達を促し文明を創造した。人類は長い時間をかけてこの歩行という移動手段で世界を観察してきたのであって、世界を見るという人間の行為において、歩くという基本的行為を忘れてはならない。冒頭、ルドフスキーの「愚かにも我々は、街路が砂漠ではなくむしろオアシスになることに気がついていない」という指摘には、ヒューマンスケールを忘れ果てた自動車社会を齎したアメリカ文明への批判が含意されている。そして、「街路の機能がまだハイウェイや駐車場に堕落してしまっていない国々では、人間のための街路に相応しいかずかずの配慮が施されている」として歩行という人間である原点を楽しむ場をもう一度考えてみようとして、世界を巡り歩いた証が本書である。

    街路は突如まちに現れるものではない。「街路はそこに立ち並ぶ建物の同伴者に他ならない。街路は母体である。都市の部屋であり、豊かな土壌であり、また養育の場でもある。

    そして街路の生存能力は、人々のヒューマニティに依存しているのと同じくらい周囲の建築にも依存している」ということになる。本書は、主にヨーロッパの街路空間をそこに住む住民との関係性において考察し、都市で人間が生きるということがどういうことを意味するのか、そして、都市生活で本来の豊かさを享受するとは、どのようにしてなされて来たのかを生物多様性を証明するがごとく、多様な街路を通して究明されている。

    著者ルドフスキーは1905年ウィーン生まれの建築家である。1935年以来ニューヨークに定住するまで世界の主要な都市に生活したルドフスキーは「田舎の生活は心を和ませるではあろうが、頭脳を刺激するのは都市の生活である。街路ほど感覚に良い刺激を与える環境は他にはない」と言うほど、徹底した逍遥学派といわれてきた。欧米ばかりではなく、イスラム圏にも足をのばし、2年間の日本滞在をもとにした『キモノ・マインド』という著書もある。そして米国民のライフスタイルに対する批判も徹底しており、米国民をヴァンダリズム(破壊行為)を生活様式の基礎としているとする。「一般的な破壊行為、わけても環境に対するその敵意には、北米の植民地開拓時代まで遡る伝統がある。移住者たちは決して土地を愛することがなかった」という指摘には、そろそろ車社会を見直す時が来たのではないかと思われる。(斉藤全彦)