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  • 『津波と原発』 佐野愼一著


    世の中が大きく変わるときには、その予兆と言うべき事件が起きる。明治維新を生じせしめた「黒船渡来」、第一次世界大戦勃発の引き金となった「サラエボ事件」、そして近代科学を一気に塗り替えた「相対性理論」、そこから生まれた核エネルギーの発見という具合である。 「相対性理論」からほぼ100年、2011年3月11日の「東日本大震災」はこの予兆の一つとして捉えられないであろうか。

    時代が変わるという事は、時代を動かしてきた考え方や常識と言うものが通用しなくなり、新たなパラダイムによって次の時代が創造されることである。

    即ち、豊かさを維持させるためには電気が必須である、と言われてきたのが今までの常識である。この考え方には、電気をより多く消費することが豊かな社会である、という考え方が前提となっている。エネルギーの消費こそが人類の豊かさの神話となってきたのであり、電気はまさに人類の歴史の中で近現代の豊かさの象徴的創造物であった。

    震災直後、ノンフィクション作家佐野愼一によるこの現地報告は、近代以前は豊かであったであろう東北地方に寄せる現代消費社会における人間のアンビバレントな気持ちをこれでもかこれでもかと追いかける。そして、現代社会が生んだ「原発」神話が崩壊しようとしている時、現代人は何を求めたらいいのであろうか、という峻烈な問いかけを投げかけている。

    即ち、風土の根幹が問われ、それにより風景は変わらざる得なくなり、そして人間の手になる新たな景観が生まれるであろう、というその予兆が感じられる記録である。(斉藤全彦)