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  • 『国民総幸福度(GNH)による新しい世界へ』 ジグミ・ティンレイ著 日本GNH学会編


    ブータン王国という美しい国がある。第5代国王夫妻が新婚旅行で来日し、東日本大震災で疲弊した日本に爽やかな笑顔を残していったのは記憶に新しい。チベットとインドに挟まれたヒマラヤ山脈南麓に位置し、面積は九州程度、人口70万人、2008年に立憲君主制になった国家である。その小さな国が国民総幸福度「総合的な形による人間の進歩を定義するもので、幸福の度合いの進歩を測る」という考え方で有名になり、この小冊子はその国のティンレイ首相が日本で行った講演をもとに出版された。

    「国家とは倫理的理念の現実性である」とヘーゲルが『法哲学』(1821年)で述べた19世紀の国家は見る見るうちに肥大化し、ヘーゲルの祖国は20世紀当時最も民主的なワイマール憲法誕生後、ヒットラーの醜悪な第三帝国を招来してしまった。その半世紀後、ブータン第4代ワンチュク国王によって国民総幸福度GNH(Gross National Happiness)という一見荒唐無稽なコンセプトが発信され、「国の本当の主たる義務は国民が幸福を追求できるようにすることなのです」というヘーゲルよりもずっと理解しやすい考え方が、21世紀を迎え、迷走するOECD諸国から熱い視線を浴びている。

    この講演では、先ず、国内総生産(GDP=Gross Domestic Products)信仰で押し進んできた20世紀の世界状況を、科学と戦争、自由と民主主義、南北問題そして都市化の世紀として捉え、医療技術の進展が新たな病をもたらし、市場が人間を支配していると指摘し「経済繁栄と呼ばれる状況は、道徳性や倫理性も疑わしい」とする。

    そして、幸福度は主観的問題ではないかとの疑問に対して、ティンレイ首相は4つの柱、即ち持続可能な公正な社会経済開発、自然環境保護、伝統文化の保護と振興、良きガバナンスを掲げ、健康、教育と教養、環境、伝統文化、地域社会、時間の使い方、精神的幸福、ガバナンスの質という9つの領域を提示し、GNH指標を具体的に数値に落とし込み、その結果、今や97%のブータン国民が幸福感を享受していると語る。

    ブータンは人口70万人の国を20の県に分け、即ち、平均3万5千人のコミュニティの単位にしている。まさに、シューマッハーが唱えた「スモール・イズ・ビューティフル」というコンセプトが実現されているのではないか。それは“幸福度”が単に主観的問題ではないと同様に“良い景観”も主観的問題ではないとする社会であろう。恐らくそこには美を敬う“良きコミュニティ”があるからに違いない。(斉藤全彦)