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  • 『生活形式の民主主義-デンマーク社会の哲学』 ハル・コック著 小池直人訳


    デンマークという国は人口が北海道とほぼ同じ560万人程度で面積は北海道の約半分だという。その規模のコミュニティがひとつの国家として成り立っている。それも世界で最も豊かな福祉国家として20世紀に奇跡を起こした。それはどうしてだろうか。

    デンマーク生まれのハル・コック(1904-1963)はコペンハーゲン大学で神学教授を勤め、教会史研究に携わり、戦後は“成人学校”の校長になり政治参加を積極的に促した。やはり、彼にとって最も貴重な体験はナチス・ドイツによるデンマーク占領下での平和的抵抗運動路線の実践であろう。

    この書はナチス・ドイツから解放された直後の1945年に刊行され、その題名も『民主主義とは何か』というものが原題であり、戦後の疲弊し混乱した国民の意思に一つの輝ける灯火となり、それは現在でもゆるぎない価値を持っているという。

    民主主義とは何か。多数決、という言葉がすぐに思い浮かぶが、それは民主的な権力に保障されていない限り危険なものであることは、いやというほど歴史が証明している。ナチス・ドイツも初めは民主主義の手続きによって生まれたのではなかったか。

    それゆえ著者は「人間的な覚醒即ち啓蒙と教育、それなしには民主主義は危険なものになる」と喝破する。著者は先ず民主主義の起源を古代ギリシアの“人間中心主義”的な文化を創出した思想に観る。そして、人間本来の心理は“共同的人間”という思想の根源をイエス・キリストに基づくとする。即ち“常に人間中心主義を心掛け、且つ人間は皆で助け合うもの”というのものがハルの思想である。

    さて、ヨーロッパの美しい景観は長い歴史という時間によって醸成されたものである。その景観は暖かい肌の触れ合いがあるコミュニティによって作り上げたものであり、それは民主主義という思想が深く根付いているということに結びつく。景観を美しくするということは人間の生活が真に人間中心主義になり、ともに生き生きとした共生を享受するということであるとすれば、私たちはデンマーク社会からより多くのことを学ぶことができるであろう。(斉藤全彦)