• Book Review
  • 『私の東京町歩き』 川本三郎著


    川本三郎さんといえば著名な評論家である。が、一方では元祖“町歩き家”でもある。その川本さんが大著『荷風と東京』を完成された。この書は永井荷風の畢生の日記『断腸亭日乗』を読み解き、荷風が歩いた東京をたどりその人ととなりを語る旅である。やはり、現代町歩きの元祖も、荷風という大先輩がいたのである。

    散歩を日本にはじめて紹介したのは、福沢諭吉といわれている。しかし、散歩と町歩きはちょっと違っている。

    散歩は気分転換、健康維持などの目的があるが、町歩きとは著者も言っているように「自分がほんとうに好きになった人の名前は秘密にしておきたいように、自分が好きになった町のことも誰にも教えたくない」気持ちになるような歩き方なのだろう。

    散歩の主役は自分であり、町歩きのそれは景観である。外見は似ているが似て非なるはまさに散歩と町歩きである。

    この本の町歩きは「戦後のほぼ25年間を育ってきた」という著者自身の“西の下町”としての阿佐ヶ谷から始まる。もともとのこの本は1990年刊行の著書であるから、今から20年ほど前の東京の町歩きとなる。

    これは記録としても面白いが、昔から有名な銀座からはじまって、新宿、渋谷、六本木という今様の名所歩きというものではなく、東京の町とは「東京全体を見ればこの阿佐ヶ谷のような特徴のない、ありふれた町のほうがむしる多いのではないだろうか。そして現在の東京の原風景というのは案外こういう町にあるのではないだろうか。」となり、著者の町歩きの原点はこの原風景を探す旅でもある。

    タイムスリップもあり、時間という糸に乗って著者の町歩きは過去と現在を縦横に駆け巡る。空港行きの電車に乗って蒲田を歩けば、銀座の先にある「離れ里」の佃島・月島に遊び、川向うの親密な町、門前仲町の一人で寛げる飲み屋で一杯やり、そして、必ずと言っていいほどそれぞれの町中に気に入った古本屋を見つける。

    この本には21か所の東京の町が原風景として登場し、町歩きの何気ないポイントの写真が入り込み、不思議とその中のほとんどに猫が登場している。著者にとって、その町で出遭った猫こそが著者の気持ちを代弁しているのであろうか、猫はその町に住み続ける人々以上にその町のことを知っているのかもしれない。(齊藤全彦)