• Book Review
  • 『無電柱革命』松原隆一郎・小池百合子著


    恐らく日本人の7割ないし8割近くの人びとは電柱並びにそこにぶら下がる電線に気を止めることはな いであろう。天高くそびえる秋空に感動を覚える人が、ふと気付くとその周りには電柱と電線が纏わり つき、なんとまあ醜悪な景観を呈していることに驚く。それほどまでに日本人の意識に電柱電線は当た り前に空を占有していることに慣されてきた。

    明治以降日本社会は近代化という名のもとに、ライフスタイルはもとより欧米の道路並びに建築物を 含めての都市計画を模倣して来たのであるが、何故か電柱電線は欧米のように地中化されず、前時代を 象徴するかのようにそのまま都市空間を占有している。産業革命を起こした英国はすでに百年以上前、 20世紀になる頃には電柱電線の地中化は全国100%になっている。そして100年後の現在、当然ロンド ン・パリは100%、ベルリン99%、ニューヨーク83%、そして問題の日本では、東京23区7%、大阪 5%、京都2%ということになっている。この数値は電柱電線の地球化対策 を殆ど実施してこなかったということであり、実は現在でもなお電柱は増 え続けているという。それでは、同じアジア諸国ではどうなっているのだ ろうか。台北95%、シンガポール93%、マニラ40%、ジャカルタ35%、北 京34%、ハノイ28%という具合に、アジアの都市では無電柱化が顕著に進 展している。

    「景観から考えるまちづくり」とは何を念頭にしたらいいのだろうか。 先ず、“日本にとっての近代化とは何か”を問うことから始めるべきと考 える。最近、近代化遺産なるものが人口を膾炙しているが、260年という 長きにわたって作り上げて来た江戸時代文明が、一気に近代化という名の もとに否定されてきた。自己の文明を自己否定するという行為は恐らくア イデンティティーを捨て去ることに等しく、そこに提示されたものが社会 の価値観でありそれが眼前にあるのが“景観”そのものではないだろう か。電柱電線が地中化されない根本的問題は、大変根が深いところにあるのではないか。

    この本では「松原は社会経済学者として、国の省庁や地方自治体、電 気・通信事業者や国民の意識がどのようなものであり、それらの拮抗が如 何にして電柱林立の現状を齎したのかを分析してきた。また小池は政界・ 官界による無電柱化の働きかけ、また無電柱化基本立法制定に向けた取り組み」などが議論されている。

    兎も角も、見渡すことができる“景観”には電柱電線は存在しないのが“景観”の常識であるという ことを改めて確認しておきたい。(斉藤全彦)